0人が本棚に入れています
本棚に追加
夕方から、激しく続く雨音にまぎれて、微かなノックの音が聞こえた。
住宅街の一角にある、動物病院。
交番所を、よく言えば可愛らしく洋風にした小さな二階建ての一階に、受け付け兼事務机に突っ伏して居眠りしていた白衣の男。
コンコン
(はーい
目を擦りなら、時計に目をやる
9と3をさしているが、この暗さなら9時を回ったところか、暇すぎて居眠りしてしまったらしい
コンコン
(開いてますよー
雨の音で聞こえないのだろうか
返事をしながら、ドアに向かっていく。
カチャ
(うわっ??
開いた白いドアの向こうに、びしょ濡れの女の子が立っていた。
(どうされました?中へどうぞ
おずおずと、中へ入ってきた少女は
白いブラウスに、紺のプリーツスカート、紺のソックスに白い無地のスニーカー
胸元に、細いリボンは、いまは見えないが
この病院の、近くにある中学校の制服だろう。
学生カバンの代わりに、オレンジ色のトートバッグということは塾の帰りかもしれない。
(ちょっと待ってて下さいね
小さな待ち合いの椅子に座るよう促し、タオルを取りに行きかけた男の目の前に、少女の手から白い毛玉が差し出された。
(あの、これ。落ちてたから
少し低めの淡々とした声だが、じっと見上げられた瞳は、すがりつくようにゆらゆらと揺れている。
ふっと息を吐き
(わかりました
と、頭を撫でようと上げた手を慌てて少女の背中に回し椅子を勧める。
(座ってて下さいね
動物じゃないんだから、気軽に撫でようとするなんて危なすぎだろ
ああ、しかし生き物に、あんなに頼られるような瞳で見つめられるなんて
(やっぱりいいよなぁ
声に出ていた。
(あ、早月中学校だよね?塾の帰りですか?
タオルを差し出しながら、取り繕えるはずもなく
質問でごまかす。
少女は、気にならなかったようで、膝の上にタオルを置き、白い毛玉(今はちゃんとネコに見える)をそっと包んでいる。
(君も、拭かないと風邪ひきますよ
頭にタオルを乗せてやると、また、じっと見上げる
大きなつり目がちの瞳だが、優しい印象なのは瞳の色が鼈甲のように透き通っているからか
艶のある髪はかなり長く、まだ、幼いシャープな骨格に大人っぽさが合わさっている。
(ネコを…
早く小さなネコを、診てやってくれという訴えはわかるが、こちらにもそう出来ない事情がある。
最初のコメントを投稿しよう!