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 お互いのエントリーシートを見せ合って、アドバイスしようと提案したことがあった。その際に見た彼のエントリーシートの自己PR文が、異彩を放っていた。 初めて読んだときに、あ、なるほどと思ってしまったものだ。おそらく、彼が受けた企業の面接官は何度もエントリーシートと目の前にいる彼を見比べたことだろう。  文章からは、一向に誰の顔も見えてこない。まるで煙のような曖昧な存在で、そんな人物が存在するのかと確認したくなる。おそらく、彼は、自分をうまく想像できていないのだろう。一度でも、自分の顔を鏡で見たことがあるかと訊いてみたいところだ。  それから、私は彼のことを密かに妄想男と呼ぶようになった。    実際の自分とは全く違う、かけ離れた存在を作り出す。つまるところ、彼自身のこう在りたいと思う理想の自分が、言葉として具現化されてしまうのだ。    確かに、私もエントリーシートには自分を飾るということをする。けれど、彼の飾りは、クリスマスツリーになんでもかんでも飾り付けたような乱雑さがある。 『人生で一度も嘘をついたことがありません。ボランティアで広い視野を養いました。貴社ではこういった経験が活かせます』  思わず、心の中で誰だよこれと突っ込んでしまうような言葉が並ぶ。それを彼に指摘したところ、彼は「いや実際に俺はそういう人間だから」と、全く受け入れてくれなかった。彼のプライドはどの山よりも高い気がした。 「まあ、でもどうせ、やめられないだろうな」 彼は情けない声を出して、床に寝転んだ。 「確かにね。どうせ、続ける」 私も彼と同じように寝転ぶ。スーツを通して床のひんやりした感覚が伝わる。意外とこういう風に寝転ぶのも悪くない。  時々、彼を羨しいと思うことがある。あれほど、自分を肯定できて、自分を想像することができるのは、素直にすごいことだと思う。 一方、私は彼のようにうまく自分を想像できない。見えるものが全てだと思ってしまう。だから、目に見える自分の功績を残すために、大学では色々な活動をした。
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