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母は、上着のポケットから細い針金を取り出して、通し穴に掛けると、ひねって輪を作り、引っ張った。すると、がさりという乾いた音が響き、石の蓋が抜け落ちる。現れた穴は、ちょうど地蔵の心臓に向かって開いているように見えた。
母は、地蔵の背中にできた穴に指を突っ込むと何かを引っ張り出した。そして、左手の上に乗せて私に見せる。
やせ細り骨ばった母の手の上には、薄紫色をした小さな袋がのせられていた。袋の表側に金色の文字で『交通安全・深淵大社』と書かれている。交通安全のお守りに違いない。でもどうしてこんなものが、地蔵の背中の中に入っているのだろうと、好美は不思議に思った。
すると母が、ガードレールに辛そうに体重を預けてから話し始めた。
「好美がまだ二歳のころのことだから、あなたは何も覚えていないと思うけれど、あたしにとっても、あなたにとってもとっても重要な出来事があったの。今までずっと隠していたけれど、隠したままあっちへ行ってはだめだと思ってね」
母はそう言うと、遠い空の彼方を見つめた後、話を続けた。
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