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学童擁護員だった母は、小学校に入学したばかりの兄に、車には絶対に気を付けるんだよと言って、深淵大社のお守りをプレゼントした。ところがその日、母の横断旗の助けを借りて、通学団でこの横断歩道を渡り切った兄が、突然母の方に向かって走り始めたのだ。
「お守り、落としちゃった!」
それが兄の最後の言葉だったらしい。すでに信号が変わっていて、多くの車が走っていた国道に後戻りした兄は、一台の乗用車に跳ね飛ばされて命を落とした。
うっかり落とした母のお守りを慌てて取りに戻ったための事故だった。
何という非情なことだろうと私は思った。そしてそのときに負った母の心の傷に思いを巡らせた。話を聞いた私が心の奥に鋭い痛みを感じたほどなので、母の心の痛みは、きっと計り知れないものだろう。
母は言った。
「私があのとき、子供たちと一緒に横断歩道を渡り切り、ひとつ信号を待って戻ればよかったの。そうしていれば、隆弘を死なせずに済んだ。ほんの少しの手違いだったけれど、私の失敗がもとであの子は死んだの。だから私は、自分の罪を一生かけて償う必要があったのよ……」
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