ウエルカム ホーム

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星川まで行かずに一駅前の和田町で降りる。どちらで降りても家まで歩く時間はあまり変わらないのだが、私は高校の頃に毎日使っていた星川駅を避けるようになった。 駅前のドラッグストアの前のバス停では7人が並んで待っていた。私は左に曲がって商店街になっている線路沿いの道をしばらく歩く。途中に家族で何回か来たことがあるとんかつ屋さんがある。庶民的な雰囲気のお店で、夜は居酒屋状態になる。とんかつ屋なのにハンバーグやカレーを頼んでしまい、母に怒られたのを思い出す。メニューにある食べたいものを頼んで何が悪いのかと、今でも思う。 横浜新道の下をくぐって小学校の裏の側道を抜ける。もうすぐ正午になる。真夏の日差しが真上から容赦なく照りつける。電車の冷房の余韻がなくなり汗ばんできた。私は完全に解凍された。すると途端に足取りが重くなった。道沿いの家からは、昼食の用意をしているのか空腹を刺激するいい匂いがもれてくる。 緩い坂道。家が高台にあるのでどこからアプローチしても坂を上らなければならない。「あなたがたは世の光である。山の上にある町は隠れることができない」マタイの福音書だったか。イエスの子として立派な行動をしなさい輝きなさい、みたいな意味だったと思う。突然思い出した。もちろん家が高台にあることとは全く関係ない。 家の前まで上って来ると、カブリオレの小さなスポーツカーが止まっていた。兄の車だ。20世紀風のクラシックデザインだが、中身は現代的な電気自動車のはずだ。隣に陽キャの彼女を乗せて走り回っているかと思うと何だかムカつく。  家の立地上、玄関まで少し階段を上らなければならない。門を開けて庭の方を覗くと、相変わらず手入れが行き届いていて感心する。両親が膨大な時間を掛けて植物たちの世話をしているのだ。いささか木を植えすぎたとは思う。私はもちろん家の鍵を持っているのだが、帰って来た事を知らせるために敢えて呼び鈴を鳴らす。ドアを開けて出迎えたのは父だった。 「ただいま」 「お帰り。暑かっただろう」 びっくりしたようないつもの笑顔だ。何故か額が汗ばんでいて、私よりも父の方が暑そうに見える。 「まあね」 私はそっけなく答える。
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