第5章 部下

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[壱] セミの声がうるさい。 朝から蝉の声しか聞こえない。 住んでいるマンションのすぐ北側が山なので、セミ共の集合住宅の隣に住んでいるようなものだ。 生まれてから毎年恒例なので慣れたといえば慣れたが、うるさいと感じるのは仕方ない。 クーラーの効いた部屋にいる時は窓を閉め切っているからいいようなものの、一歩でも家を出ると夏の暑さとセミの声が一気に攻めかかる。 午前中に今日の課題を済ませ、昼飯を食ってから、その強敵を跳ね除けて溶けそうになりながらたどり着くのが安藤さんの店。 こんな思いをして毎日のようにここに通っている僕は、もっと褒められてもいいはずなんだが……扱いがどんどんぞんざいになっていくような気がする。 案の定、店に着くなり僕を迎えてくれたのは「また来たのか?」という冷たい視線だった。 それでも僕は負けずに更に冷たい「アイス珈琲」と注文をする。 オヤジ曰く、こんな昼間から開けているオマヌケなBARにお客さんなんか来るわけがない。 どうせ暇なんだから、僕が来ているだけでも暇つぶしにはなると思う。 ただ、僕の飲んだ珈琲代はオヤジのツケになっているようで、安藤さんから請求されたことはない。 なんだかそれは少し悔しかったが、安藤さんに「息子に何もしてやれなかった一平に、罪滅ぼしのチャンスをくれてやれ。それって息子の亮平しかできないんだから……」とすねかじりの勧めを言われてからは、遠慮なくオヤジのツケで珈琲を飲ませて貰っている。
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