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「今度の休み、なにか予定あるか?」
終業間近、背中越しに声が掛かった。時期部長だと噂されている天野課長だ。
「いえ、特にありませんが……」
「じゃ、後で詳細連絡するな」
肩にポンと手を置き耳元で囁く。年の功は三十くらいだろうか。頼りがいのある言い回しと部下にも厳しいが見捨てることなく力になってくれるところが慕われている。上にも容赦なく物言いをする。しかし、筋が通っているだけに最終的には折り合いよく話をまとめるため上層部からの信頼も厚い。女性にも人気があるが、浮いた噂は聞いたことがない。仕事への姿勢も文句なく、彰も憧れるほどの人だった。
思いのほか近すぎる端正な顔にドキリとしながら、机にあるパソコンに視線を移した。
大学を卒業し、難しいとされていた大手企業に運良く入社できた岡部彰は仕事に慣れることに一生懸命になっていた。入社してからいろいろな部署での研修期間を終え、改めて配属されたのが、システム開発部。経理業務を希望としていた彰は何かの間違いではないかと人事部に問い合せたくらいだ。
システム開発についてスキルがない訳では無いが、自分よりも長けているものは他にもいただろうし、同期の中にもそこを希望している者もいた。なのに何故自分なのか、と悩む日々が続く。
やはり社会とは自分の思い通りにならない世界であると身を持って知ったばかりだ。とはいえ、経理とシステムは必要不可欠な繋がりがあり、全く関わりがない訳では無い。初めは戸惑いもあったが、少しずつ慣れて一つ一つこなされていく仕事によって改善されていくことや開発業務のプロジェクト会議に出席させてもらう等、忙しい中でも楽しみでもあった。自分の作ったプログラムで各部署の業務が行われていることを実感すると尚更だ。
休みの予定って、なんで聞いてきたんだろう。課長のことだから、きっと仕事なんだろうけど……。
特にないと言ってしまったばかりに後悔の念が募ってきた。久しぶりの休みは、溜まった洗濯や寝に帰るだけになっていた部屋の掃除をしようと考えていた。恐らく思っているだけで、きっと一日中ゴロゴロ過ごしてしまうかもしれないが……。
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