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入社時から何かと面倒を見てもらっている天野課長の頼みとあれば断れないのが部下の立場なのかもしれない。少し緊張しつつも、楽しみでもあった。また、憧れの人と一緒に仕事が出来ると思うだけで、頬が緩んでしまうほどだ。
天野は、人事会議で書類選考の時点から彰を気に入ってしまった。履歴書の内容も申し分なかったが、感覚的に欲してしまった。俗にいう一目惚れのようなものかもしれない。研修中も良く働き、言葉遣いや態度も良く、周りからの評判がいい青年だと認識する。それは良い事なのかもしれないが、天野にとっては心なしか嬉しい事ではない。欲しいものは必ず手に入れる、それが天野のモットーなのだ。他人に目を付けられる前に手元に置いておこうと決意したことに時間はかからなかった。立場を利用する職権乱用に値するかもしれないが、そうとは思わせないように上手くまとめ、彰を自分の部署に配属するよう促していた。
ラフな服装で最寄りの駅にて待て、と前日にメールが送られてきた。彰は仕事じゃないと判りホッとしたものの、だったら何の用なのだろうかと理由が判らず焦っていた。待ち合わせに到着するとますます緊張が高まる。
こんな格好でいいのかな……。
淡い水色のシャツに、ジーンズ姿。社会人というよりは大学生のような雰囲気だった。スマホを片手に時間を確認していると、クラクションが背後から鳴らされた。ピクリと肩を震わせ振り向くと、ライオンのエンブレムのついたダークグリーンの外車がゆっくり近づいてとまる。
「待たせた、乗ってくれ」
運転席から爽やかに微笑んでいる天野が手を振っている。ドキッと心音が聞こえ頬が熱くなりながら助手席に乗り込んだ。
「失礼します。えっと、今日は?」
シートベルトを締めながら、動き出す車の前をじっと見据え、横に座る天野の顔を見るのを躊躇する。車内は柔らかい甘い香りが漂っていて、遠くでクラッシックがかかっていた。
「本当は家で休みたかっただろうけど、悪いな」
「いえ、大丈夫です」
なんとなく理由を問いただすのも気が引けた彰は黙って隣に座り、導かれるままに過ごしていた。
「何で俺に呼ばれたんだろって思ってるよな」
「……」
「そんなに緊張しなくてもいいよ。気楽にしてくれ」
クスクスと笑い、チラッと彰を見やる。
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