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これが最期か、何とあっけない物なのだろう――。
リロイは灰色の空を眺めながら、捨てて来た筈の故国に想いを馳せていた。
もう一度だけ、パナが食べたかった……。
好きだった果物の名を心の中で呟きながら、自嘲気味に笑う。
長い逃亡生活で蓄積されていた疲労に加え、ここしばらく雨に打たれていた体はもはや限界に達していたのだった。
「…………」
パラパラと先刻よりは弱まった雨を全身に感じながら、リロイは静かに瞼を閉じる。
「おい、生きているか?」
ようやく眠れる。そう思ったのも束の間、突然頭の上から子供の声が降って来た。
年の頃は十かそこらといった所だろうか。
珍しくもない金の巻き毛が、何故か薄暗い中、高貴に輝いて見えた。
リロイは内心かなり驚いていたのだが、弱々しく目を開けるのがやっと。視線のみを子供に向けると、何度か瞬きをし、生きていると伝えた。
「ふん、どこぞの難民か。こんな物騒な所によくも独りで居られた物だ」
こちらも独りの様子の子供は、およそ子供らしくない偉そうな口調で漏らしながらも、リロイの片腕を拾い上げると慣れた動作で自身の肩に回した。
「立てるか?」
「……すまない」
リロイがようやく絞り出したその声は、驚くほど枯れた、情けない物だった。
「……ええ、勿論です。お任せ下さい」
「うむ。ではな」
カラン、と乾いた鈴の音と、扉の閉まる音が聞こえて来た。
リロイが次に目を覚ましたのは、質素だが木製の暖かみ溢れるベッドの上だった。
軋む体に鞭打ちながら起き上がると、同室に全く同じ型のベッドが他に三つしつらえてあるのが解った。
扉の向こうからは、食事を楽しむ家族連れの声も聞こえて来る。
――どうやら宿屋に居るらしい。
何故ここにと不思議に思ったのだが、直ぐに自分を助けてくれた人物に思い当たった。そして先程聞こえて来た会話に行き着く。
しまった、とリロイは慌てて部屋を飛び出した。
「おや、目が覚めたのかい」
リロイの居た部屋はカウンターの直ぐ脇だった様だ。
扉を開けたはいいが足が言う事を聞かずもつれ、従業員の目の前で盛大に転んでしまった。向かいの食堂に居た客からは、失笑が漏れる。
しかし従業員は彼の体の状態が解っていたらしく、大丈夫かい、と優しく手を貸してくれた。
「まだゆっくりしていなさい。大丈夫、金はいらんよ」
「いや、あの少年は?」
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