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バシャン!バリバリ… 実験台と顕微鏡、薬品棚と硝子器具。 エタノールの匂いのする染色室で、派手に硝子の音が響くと、 「全部やり直し!」 低い声で威圧するように睨みをきかせて、一言だけ告げられた。 ヘマトキシリン・エオジン染色( HE 染色)された病理標本のプレートを、間仕切りのある木の板に、規則正しく並べて、提出したのは1時間前のこと。 その板に乗ったプレパラートを、廃棄用ゴミ箱へ勢いよくひっくり返して捨てられた。 今、私が一番嫌いな男。 こんな人が、私の上司だなんて…。 就職して、この部署に配属されてから、3ヶ月、この男のせいで何度、 「もうやめてやる!」 と泣いたことか。 男の名前は、山崎健二。私より4年先輩の27歳。 すらっとした長身で、短髪の黒髪をワックスで立たせて、スッキリとした顔立ちが、眉毛を寄せて睨みをきかせているだけでも怖いのに、 低い声で発する言葉にいつもトゲがあり、この男が来ると緊張で体がカチコチになってしまう。 「中川、お前、最初からやり直し。切り出しから全然なってねーんだよ」 「…はい、すみませんでした」 涙を堪えて、震える声で返事する。 「10分後、サンプル練習始めるから、準備しとけ」 そう告げて、染色室を出ていった。 はぁ…怖かった。 また怒られた…。 今までは、雑用しかやらせてもらえず、あれしろ、これしろ、いつもキツくて、書類整理に関しても、 「お前全然ダメ」 って睨まれて、まだ一度も褒められたことがない。 ここは非臨床試験の研究所で、人が飲むのが安全かどうか、ラットつまりネズミさんに、新薬を投与して、血液検査や尿検査、ならびに解剖して、ホルマリンに浸けたら細胞レベルで異常がないか臨床試験をする研究所。 ここで異常がなければ、いよいよ人が飲む臨床試験へ移り、医薬品として世に出ていくこととなる。 非臨床試験は、動物愛護団体からは敵対されているけれど、今の抗癌剤開発や医薬品開発には必要不可欠な研究所である。 病理標本とは、それを細胞レベルで副作用を調べるために、プレパラート標本を作製して、獣医師たちが顕微鏡で評価するもの。 そして、その病理標本作製室が、私、中川ひなたの配属先となった。
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