一・わらびもち

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一・わらびもち

「二千円のわらびもち、食べたい」  放課後の生徒会室。神谷優人はアンケート用紙を手にしていた。目の前には同じアンケートの束が二山ある。聞こえてきた声には反応を返さず、優人は持っていたアンケートを右側の束の上に乗せて、左側の束の上から一枚手に取った。  頬杖をつきながらそのアンケートに書かれている文章に目を通し、また右側の束の上に乗せる。それを繰り返す。  男性にしては少し長めの横髪が下を向くことによって視界に入ってきたため、優人は真っ直ぐで細い髪を鬱陶しそうに耳にかけた。 「学校生活に望む事」と題されたアンケートは、学期ごとにクラス単位で配布される慣わしとなっている。名前は記入する欄が無く、匿名で意見が言いやすくなっているのも特徴だ。現在は四月。一学期は四月の中旬に二、三年生だけに配られる。一年生は二学期から。ホームルームなどで強制的に配られて、大概その場で回収まで行われるため、回収率はかなり高い。 「わらびもち、食べたい」  優人は高校二年生の六月に生徒会長となった。優人が通う高校「白輪(はくりん)高校」の生徒会選挙は六月と十二月に行われる。一年生の時から生徒会に所属し、生徒会に入る前も学級委員も務めていた優人は生徒だけでなく教師からの信頼も厚く、二回目の選挙で再当選を果たしたのだ。  受験を間近に控える三年生は、学業に支障を来さない為に六月の文化祭で任期を終える。長かった生徒会での活動もあと残り僅かだ。優人は大した内容が書かれていないアンケート用紙をまた右側の束の上に伏せて、はぁ、と小さな溜息を吐いた。  すると突如、すぐ近くから「ドン」と鈍い音がした。無論彼の声が聞こえていなかった訳ではない。  この生徒会室はいつも机がロの字形にセットされている。全部で十二セット。優人は定位置である窓際の真ん中の席に。優人から見て左側の真ん中の席に、その男は座っていた。優人が仕方なしに視線を上げると、男が真っ直ぐ睨みをきかせていた。眉間に皺を寄せ、あからさまに不機嫌そうである。手元には雑誌が開かれたままになっている。  あれは確か、生徒会書記の二年生が「今度行くんです!」と突然生徒会室に持ってきてそのまま放置していった京都の観光ガイドだ。全く、本当に楽しみなのか、どうなのか。
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