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「二千円のわらびもち、食べたい」
彼は少し苛立ったように、同じ言葉を繰り返した。
鈍い「ドン」という音を発したのは彼の足だ。踵でガン、と机を叩き音を立てたと思われる。何様だというのか椅子の上にふんぞり返って上靴を履いたまま座って、両足を机の上に投げ出している。 本来ならば生徒会長としても注意の一つでもしなければならないところだが、彼のこの態度は今に始まった事ではない。今更何を言っても無駄なのだ。
優人は仕方なしに、会話に付き合う事にした。
「俺は食べたくないけど」
「は?」
「そんなに凄まれましても」
彼は放り出していた両足を下ろして椅子から立ち上がった。白のワイシャツを第二ボタンまで開け、制服の灰色いズボンを腰まで下げている。
一度、短い脚が余計に短く見えるけど、と言ったら今と同じように凄まれた記憶がある。優人が着ている紺色のブレザーと、きっちり締めている紺色のネクタイはどこにも見当たらない。
髪は短く切られ、金色に染められている。口の右下にはシルバーの丸いピアス。今はピアスをつけていないようだが、耳にも幾つかピアスホールが見える。初めて彼を見た人がこんな風に凄まれたら萎縮してしまうだろうが、優人としては彼のこんな態度には慣れっこなのだ。
再びアンケートに視線 を落とした。そして素知らぬ顔で、染めているわけではないがもとから色素の薄い茶色の髪を再び耳にかけた。
「お前の価値観疑う」
彼は雑誌を閉じて机の上に置き、椅子にどんと音を立てて座った。そして尚も不機嫌そうな低いトーンでそう言った。優人はその言葉を聞いて、手の動きを止めた。
この男はたかがこれだけの事で心底軽蔑をしているような口ぶりだった。彼のこういった言動に慣れはしているものの、だからといって何も思わないわけではない。他の人にそう言われても、笑って流せる所だが、この相手に遠慮をする必要も無い。
アンケートを机の上に置いて立ち上がった。優人が座る席の後ろにある少し開かれた窓からは、春の暖かい風と部活動に励む生徒たちの明るい掛け声が聞こえる。野球部だろうか。校舎の中からも沢山の楽器の音が絶え間なく鳴り響いている。これは校内中で練習している吹奏楽部だろう。耳にかけた横髪がまたすぐ頬にかかった。
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