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「ちょっと待っててね」
カウンターの後ろの厨房に引っ込む。グリラーに向かっていた男性と何か話をして戻ってきた。
「お待たせしました。ご注文は、笑顔のお持ち帰りですね?」
「はいっ」
中学生は上ずった声のまま答える。純恋さんは彼を見つめて微笑んだ。
「かしこまりました。当店を代表して父がお客様のお宅までご一緒させていただきます」
「へっ?」
中学生の声が今度は裏返っていた。
「おねえさんじゃないんですか?」
「ごめんね、私はカウンターの当番があるの。だから父が……」
申し訳なさそうに語りかける。
「そんなっ……。だ、だったら、いらないです。もう、やめます!」
「そう? 他にご注文は……」
「きょ、今日はいいです。さようならっ」
中学生は身を翻し、店の外に駆け出して行った。
「ありがとうございました。またお願いします」
おじきをし、頭を上げた純恋さんは、手の甲を口に当てて苦笑している。その視線は俺、ではなく俺の後ろに向けられていた。振り向くとガラス越しに店の外の中学生たちの姿が見えた。頭を掻いてきまり悪そうに笑うジャージの少年とその周りで大笑いしている数人の中学生。どうやら友達同士でたくらんだ悪ふざけだったらしい。だが、中学生だけあって詰めが甘い。俺だったら当番と言われたくらいであきらめたりしないところだ。
「お待たせしました。ご注文はお決まりですか?」
純恋さんが俺に声をかけてきた。紺のピンストライプの制服に白いエプロンという姿、まとっているのは香水ではなく、焼きたてのパンのふくよかな香りだ。
「ダブルサイズのハンバーガーにホットコーヒーのラージ、これはここで食べる。それから…… 」
俺は頭に浮かんだ悪ふざけを押さえることができなかった。
「笑顔をひとつ、持ち帰りで。時間がかかってもいいから純恋さんでお願いします」
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