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すました顔をして彼女を見つめる。さてどんな反応が返ってくるか……。
だけど、純恋さんの表情にはみじんの動揺も無かった。
「かしこまりました。お召し上がりでダブルサイズハンバーガーにホットコーヒーのラージサイズ、そして笑顔をお持ち帰りですね」
「あ……、はい」
「笑顔のお持ち帰りは私をご指名で」
「う、うん」
「それではお召し上がりの間に準備しておきます。お帰りの際にお声をおかけください。ではハンバーガーとコーヒーのご清算をお願いします。五百五十円になります」
「……」
事態が飲み込めないままお金を払う。てっきり断られると思っていたのに……。ハンバーガーを受け取ってテーブルに着いた後も、狐につままれたようだった。
思い悩みながら食べるハンバーガーにいつもの味わいはなかった。歯ごたえだけがしっかりと感じられる。もぐもぐと咀嚼しながら考え続け、結論を出した。さっきの言葉は全てジョークだったのだろう。食べ終わったら声なんてかけずにさっさと帰ろう。
ハンバーガーをたいらげたところでカウンターの純恋さんの方に目をやる。彼女は新たなお客さんの注文を聞いていた。こちらには何の注意も払ってないようだ。じゃあ帰ろう。彼女が見てないのは承知の上で小さく手を振り、席を立った。
振り返らずに扉の前まで進む。扉を開けようとした時、背後からパンのふくよかな香りが押し寄せてきて俺を包んだ。
「それでは参りましょうか」
振り向くと、目の前に純恋さんの顔があった。
「参りましょうかってどこへ?」
「決まってますでしょ。お客さんのお家です」
彼女はにっこりと微笑んだ。
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