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持ち帰り
十五分後、俺と純恋さんはアパートの部屋の中にいた。散らかっていた雑誌やらスナック菓子の空袋やらを排除して作ったスペースに折りたたみ式のミニテーブルを広げ、純恋さんにはその前に座ってもらった。俺も対面に座る。
純恋さんはにこにこと微笑んでいるだけで特に何かをしようとする様子はない。ここまでの道中でも会話は弾まず沈黙の時間が長かった。いたたまれなくなった俺は立ち上がる。
「あの、コーヒーでも淹れましょうか?」
「はい、いただけたらうれしいです」
彼女の言葉にほっとして流し台の前に向かう。電気ポットに水を入れてスイッチを入れ、コーヒーミルに豆を入れてがりがりとハンドルを回した。ドリッパーにフィルターをセットして挽いた豆を入れる。お湯がごぼごぼと沸騰してきたが、カルキを飛ばすためスイッチは入れたままにしておく。
沸騰するお湯を見ながら、ふと思った。素人がいくら手間をかけてもプロの目から見たら間違いばかりなのじゃないかと。そっと純恋さんを見ると、彼女は穏やかな目でこちらを眺めていた。
十分カルキが飛んだところで、お湯をコーヒー豆にかける。最初はくるりと一回り、三十秒ほど蒸らした後で、一定の速度で注いでいく。コーヒー豆が白い泡を立てて膨らんできて、いい香りが立ち昇ってきた。きっちり二杯分がはいったところでお湯を注ぐのを止めた。
コーヒーポットからカップに注ぐ段になって手が止まった。この部屋で誰かと一緒にコーヒーを飲む機会なんて無かったからコーヒーカップは一つしかない。酒盛りのためのグラスはたくさんあるけど、熱いコーヒーを注げるものではない。迷った末、陶製のビアマグを選んだ。把手の無いシンプルな形状のものだ。コーヒーカップとビアマグにコーヒーを注ぐ。
コーヒーカップとビアマグを運んで行くと、純恋さんに不思議なものを見る目で見つめられた。わずか二つのカップで種類が違うのが意外なのだろう。俺はコーヒーカップを彼女の前、ビアマグを自分の前に置いて座り込んだ。
「どうぞ」
純恋さんは二つのカップに交互に視線を走らせていたが、小さく頷いてコーヒーカップを手に取った。
「いただきます」
両手で包みこむようにコーヒーカップを持って一口啜る。
「おいしいです」
彼女の言葉にほっとした。緊張していた気持ちがなごむ。
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