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「あの、お名前をお聞きしていいですか?」
純恋さんの言葉に自分が名乗っていなかったことに気がつく。
「俺は高城(たかぎ)、高城隼人と言います」
「高城さん、コーヒーありがとうございます。やっぱりコーヒーは淹れたてが一番おいしいし香りもいいですよね。うちもできるだけ、淹れたてをお出しするようにしているんですけど、どうしても何回分かをまとめて淹れることになってしまって」
「そうなんですか」
「ええ、父と母と私の三人でやっているので手が足りなくて」
「大変ですね」
「パンは朝一番で私が焼いているんです。営業中は私がカウンターに立って、父はハンバーガーの調理、母は飲み物作りとカウンターのサブを」
「俺はスマイルのパン好きですよ。しっかりとした噛みごたえがあって」
「ありがとうございます」
純恋さんが誇らしげな表情になった。
「ハンバーガーに合うようにいろいろ工夫してるんですよ。味の厚みを増すために全粒粉を混ぜたり、もちもち感を出すのに米粉を使ったり」
「確かにほかの店とは一味違いますよ」
「苦労もありますけど、自分が作ったものをお客さんがおいしそうに食べるのを見ていると幸せな気持ちになるんです」
彼女の言葉に素直に共感する。さっき彼女が俺のいれたコーヒーをおいしいと言ってくれた時の気持ちと同じなのだろう。
「でも、さっきの中学生みたいな客もいるんでしょ?」
「ああ、あの子たち」
純恋さんは破顔した。
「時々いらっしゃるの。メニューを見て、笑顔を持ち帰りでって注文されるお客さんが。メニューの本当の意味は違うんだけど……。それでも、注文に備えていくつかのパターンを準備していて……」
「はい?」
「さっきの、父を引っ張り出しちゃうパターンとか、ほかにも」
純恋さんは真顔になって両手を顔の両側に当てた。ちょうどムンクの絵のようだ。両手を大きく動かして顔をゆさゆさと左右に揺さぶる。六、七回揺さぶった後、動きを止め悲しそうな表情を浮かべた。
「ごめんなさい。やってみたんですけど顔が外れません。お持ち帰りはご容赦ください……なんてね」
「ぷっ」
純恋さんの真剣な表情に思わず噴き出してしまった。
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