持ち帰り

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「やっと、笑っていただけましたね。それでは」  純恋さんも笑顔を浮かべ、座ったまま姿勢を正した。 「確かに笑顔をお届けしました。ありがとうございました。料金は0円です」  彼女の言葉の意味を悟るのに数秒かかった。 「それじゃあ……」 「ええ、あのメニューの意味は店員が笑顔を浮かべるのでなく、お客さんに笑顔になってもらうという意味なんです」 「そうなんだ」 「それでは、笑顔をお届けできたので私はお店に帰ります。そろそろお店が忙しくなる時間だし、何より父と母が心配しているといけないので」 「心配って……、そもそも今日みたいなことはよくあるんですか?」 「よくあるかと言われても……」  純恋さんはいたずらを見つかった子供のような表情になった。 「準備しているパターンにはお店から外に出るものはないの。そもそも大人の方で笑顔を注文したのは高城さんが初めてだし。今日のは私の思いつき」  純恋さんの話を聞いて俺の困惑まますます大きくなった。 「いったい、どうしてこんなことを?」 「なぜかしら、私にもよくわからないけど……。高城さんがお店に来た時はいつもハンバーガーをとってもおいしそうに食べていたからかも。今日はちょっと違ってましたけどね」  彼女の言葉は理屈になっていないような気がしたが、そもそも人間の行動は理屈では説明しきれないものかもしれない。 「じゃあ失礼します。高城さん、コーヒーごちそうさまでした」  部屋から出て行こうとする彼女の姿に、思ってもいなかった言葉が湧き出してきた。 「あの、純恋さん。お店まで送って行きましょうか」  振り返った彼女が頬を染め、はにかんだ笑みを浮かべる。俺にとってそれはこれまでで最高の笑顔だった。 「はい、お願いします」  帰り道は来た時と対称的に多くの話をした。そしてスマイルに到着し、純恋さんが扉の中に消えてしまった時、胸がズキンと痛んだ。そう、俺は彼女に自分の何かを持ち帰りされてしまったらしかった。                  終わり
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