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「ただいま」
玄関に踏み込むや否や、台所から母さんの声がとんでくる。
「ゆづるー、隆史ちゃん来てるわよ」
「うん」
のろのろと靴を脱ぐ。隆史はいつものように僕の部屋で待っているのだろう。そして僕がドアを開けると、
「んっ」
――キス。
隆史のキスは嵐だ。僕を巻き込むようにして激しく求める。僕は息もつけなくてただなすがままになってしまう。いつから隆史はこんなふうに奪うようなキスをするようになったんだろう?
隆史がゆっくり離れた。僕の反応を確かめるみたいにじっと目を凝らしている。隆史の瞳は濡れた黒曜石みたいだ。光が入るとものの像がなまめかしく映る。今その瞳には、呆けて立ち尽くす僕のだらしのない表情(カオ)が映っていた。
「おかえり」
隆史は低くつぶやいた。僕の反応に満足したのだろうか。わからない。隆史のポーカーフェイスはいまだに読めない。
「夕飯食ってくだろ?」
僕は平静ふうを装いそんなことを言って、独りよがりにも似た、実に一方的な気まずさを取り繕った。
隆史はただ短く頷いた。
「隆史ちゃんはよく食べるから小母さん、作りがいがあるわあ。弓弦(ゆづる)ったら男の子なのに食が細いんだもの」
「だからチビでやせっぽちなのよ」
わかったような口を利いているのは妹の梓(あずさ)だ。この春から通い始めたばかりの高校ではすでに弓道部女子部の期待のエースの座に君臨したとかでなんとも勇ましい限りだ。
「隆史ちゃん、あとで宿題見てよ」
よく食べて、よく笑う。特に隆史がいるときは、元気と明るさという自分の最大の武器(チャーミングポイント)を心得て見せつけてるみたいだ。
「いいよ」
隆史は梓に応えながらちらり、と僕を見た。あの瞳が、僕を射抜く。
ソレデモ、行クカラ。
僕は躰の芯がじんと火照るような感覚にいたたまれなくなって、もぞもぞと身じろぎした。
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