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いつの間にか、呪術使いが飲み物を買ってきていた。
少し大きめのグラスに、スムージーのようなとろみのある薄桃色の飲み物が入っている。
「とりあえず、少し飲んだらいいよ。こんなことなんて、いつものことじゃない」
そう言うと、グラスを勇者の頭元に置く。
彼女の言葉か、グラスがテーブルを叩いた音か、勇者の頭がピクリと動いた。
「……うう……そう。ぼくはいつもいつも……いつもいつも……いつもいつもいつもいつも……」
置かれたグラスをにわかに掴んだ右手は、みりみりと音を立てている。指先は白くなり、甲には血管が浮き上がった。
「勇者さま……」
僧侶が彼の手に触ろうとした時だった。
彼の上半身がゾンビのように起き上がった。
真っ赤に腫れた両目、鼻からは液体を流したままで、彼はグラスを、いや、どこか遠くを眺めていた。
半開きになった唇から、小さく声が溢れた。
「ぼく、もう、世界を救うの、やめます」
剣士が眼を見開いて、固まった。
僧侶は思わず立ち上がり、椅子を派手に倒してしまう。
呪術使いは、持っていた杖をその場に落としてしまった。
彼らの様子を見るか見ないか、グラスを一飲みに開けると、口を袖でぐいっと拭った。
「もう……もうやめてやる!!!」
そう叫ぶと、流石に辺りは静まり返ったが、勇者は気が付かなかったようだ。
彼は立ち上がり、宿を飛び出すと街の往来に躍り出た。
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