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勇者は腰にぶら下がったやたらに良い剣を、ガチャガチャと蹴飛ばすように走った。
どこを目指している訳でもない。
ただ、走らずにはいられなかった。
視界が溶けるように流れていく。
たくさんの人がいて、それぞれの生活がある。
老いも若きも男も女も、笑い声も泣き声も、怒りも愛しさも、全てが溶けて見えなくなる。
そんな気がして、立ち止まれなかった。
ただ、一言を除いては。
「魔物だ!魔物が入ってきた!!」
誰かが遠くで叫んだそれは、確実に彼の耳を捉え、その場に縫い付けた。
止まった拍子に転げそうになった体をもう一歩で支えると、巻き上げた土煙の中で声の場所を探していた。
頭を巡らし、目と耳に神経を集中させる。
腰の剣が彼を催促するようにユラユラと揺れていた。
往来のざわめきの向こうに、微かな悲鳴と小さな地鳴りを感じたその時、彼の足は既に地を蹴っていた。
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