うみねこバクダン-八戸線ー

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「当然と言いますか、八戸さんは相変わらずのお姿で」 「まあな」  海風に晒され、日に当たると茶に見える髪。長身だが、程よく筋肉のついた健康的な体躯。成年男性の姿をした彼は、老いず、また若返ることもなく、数十年を過ごしている。 「信さんは、大丈夫だったかい?」 「ええ。あなたのお陰で」 「俺?」 「この路盤です」  と、老爺は線路の盛り土を眺めた。 「あなたの線路が堤防代わりになって、私らの町は津波から守られました」  そういえば、と八戸は周囲を見渡した。アスファルトのひびや欠けたブロック塀に痕跡が見られるものの、こちらの被害は海側の惨状に比べれば軽微だった。 「ありがとうございました」  老爺は八戸に向き直ると、深く頭を下げた。 「あなたのお陰で、私らは助かりました」 「待ってくれよ信さん!」  八戸はあわてて老爺の肩を押し、頭を上げさせた。 「俺は何もしてないって! 線路だって、段丘の上に建ってただけなんだし!」  そうだ、自分は何もしていない。何もできていない。 「ただの偶然だよ、全部。俺は神でも仏でもない。奇跡なんて起こせないんだよ」  自分自身を、そして幾人もいる仲間をなんと呼べばいいのか、彼自身もよくわからなかった。ただ路盤の上に延びた細い単線の道を、信号設備や踏切を、乗客を風から守る小さな待合室を、「八戸線」という鉄道路線を構成するもの全てを、彼は自分の身体の一部として知覚した。  人形(ヒトカタ)を成し、人語を解し、されどもヒトにあらず。  鉄路の化身、そう評する者もいる。  建設工事の起工、その最初の一鍬が地に入ったときに生じ、最後のレールが締結された瞬間に時を止める。そして廃止された日に、静かに消える。  鉄路と共に生まれ、鉄路と共に死ぬ。神でも仏でもない、ただ鉄路と共に在る、それだけのモノ。 「奇跡なんか起こせない。何もできないんだ。――情けないよ。久慈に行かなきゃならないのに、繋げなきゃならないのに。この肝心なときに俺自身が足止めされてるなんて」  八戸は壁のように続く自らの路盤、その盛り土の続く先に目をやった。  流れ着いた瓦礫が散らばり、いくらか崩落した箇所もあるが、ここからしばらくは多少の修復工事と点検を終えれば再開できるだろう。問題は県境を越えた、その先だ。
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