【606号室 片桐 稜(かたぎり りょう)】

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「ありがとね。愛してるよ、伊崎」 「はいはい、俺も愛してるよ。とにかく水飲め。これ、冷蔵庫の中にあったやつ」   ペットボトルの水を手渡され、いつかと同じようなやりとりを交わす。 冗談交じりの愛の言葉の交換は、本気でも本気じゃなくても、きっとこんなふうに流されてしまって終わりなのだろう。 「大丈夫か? 大丈夫なら帰るぞ。明日仕事だし」   水を飲んでひと息ついた私は、そう言って踵を返そうとする伊崎のTシャツの裾を掴んだ。 「ちょっとだけいいでしょ、久しぶりなんだから」 「この前ベランダで話しただろ」 「ベランダと部屋は違う」 「だから、だろ」   また似たような言い合いをするのか? と言わんばかりの顔の伊崎。 私は、ふたりきりなのに押しも引きもできないこの空気に、ため息まじりでうなだれる。
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