【601号室 平橋 小夏(ひらはし こなつ)】

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「……まぁ、いろいろありますよね、生きていれば」   こういうときは、そっとしておくに限る。 私ならそうだと思い、それだけ言ってエレベーターへ歩き出すと、 「あ、待って。私も乗るから」 と追いかけてくる片桐さん。 一緒に乗りこみ、 「平橋さん、大人ですよね」 などと話しかけてくる。 そんな“泣きました”宣言しているような顔をして、1、2度しか話したことのない人間に寄っていくなんて、私からしたら考えられない。 「私、大人になりきれません」 「そうですか」 「バカです」   6階に着いて、ドアが開く。 通路に出た私は、 「たしかに、所構わず涙を流す人間は、大人とは言い難いですね」 と伝えた。 彼女はまた、新しい涙を流していたのだ。
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