【601号室 平橋 小夏(ひらはし こなつ)】

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いいな、この人は。 素直に……自動的に涙を流せて。 泣くことで、ひとつひとつに区切りをつけられて。 「でも、バカだとは思わないです。そういうこと、誰にでもありますから」   601号室の前にきて、「それじゃ」と言って部屋の鍵を開けた時だった。 「待って」 と呼び止められ、私は鍵を挿したままで彼女を振り返る。 「平橋さん、夕飯まだですよね?」 「……まだですけど」 「ちょっと付き合ってください」 「は?」 「ナジムスの20%オフクーポン差し上げるので」   そうだった。彼女は、私の常識が通じない人だった。 そして、私はどこかでほっとしていた。 善さんと会わない口実ができたことに。 これ以上惨めにならなくてすむことに。  
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