【606号室 片桐 稜(かたぎり りょう)】

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「いいねぇ、俺は上のお偉いさんたちと早朝会議があるから、もうすぐ出る」   背広に手を通し、ボタンを留めている伊崎の顔をまじまじと見ると、無精ひげが消えていた。 前髪も整っていて、なるほど、よそ行きの顔だ。 いつものくたびれたおっさんとは違う。 「体ダルイから、もう少し寝てから帰るわ」 「帰るっつってもすぐ隣だろうが」 「んー……」   聞く耳を持たず、自分ちのよりも軽くて気持ちいい掛布団を額まで上げると、 「体力ねーな、一回くらいで」 と言う呆れ笑いとともに、鍵をテーブルの上に置いた音が響いた。 おそらくこの部屋の鍵だ。 「その一回が長すぎる」 「歳だからね」 そんな下世話な話をした後で、伊崎は、 「冷蔵庫の中のもの、テキトーに飲み食いしていいよ。寝過ごすなよ」 と言って部屋を出ていった。 笑えるほど普通なのは、大人だからか、恋愛感情が皆無だからか。 体のだるさに反して多少軽くなった傷心に、私は心地よく二度寝した。    
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