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「いいねぇ、俺は上のお偉いさんたちと早朝会議があるから、もうすぐ出る」
背広に手を通し、ボタンを留めている伊崎の顔をまじまじと見ると、無精ひげが消えていた。
前髪も整っていて、なるほど、よそ行きの顔だ。
いつものくたびれたおっさんとは違う。
「体ダルイから、もう少し寝てから帰るわ」
「帰るっつってもすぐ隣だろうが」
「んー……」
聞く耳を持たず、自分ちのよりも軽くて気持ちいい掛布団を額まで上げると、
「体力ねーな、一回くらいで」
と言う呆れ笑いとともに、鍵をテーブルの上に置いた音が響いた。
おそらくこの部屋の鍵だ。
「その一回が長すぎる」
「歳だからね」
そんな下世話な話をした後で、伊崎は、
「冷蔵庫の中のもの、テキトーに飲み食いしていいよ。寝過ごすなよ」
と言って部屋を出ていった。
笑えるほど普通なのは、大人だからか、恋愛感情が皆無だからか。
体のだるさに反して多少軽くなった傷心に、私は心地よく二度寝した。
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