第九章

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 『急がなくていい』と仁志は言った。  覚えている。けして忘れた訳ではないし、その言葉に、言い様のない歓喜を覚えたのも事実だ。  だがその『急がなくていい』は、どの程度の進みを言っているのだろうか。  ここ数日間、結月の頭を悩ませているのは、もっぱらその件ばかりである。  結月が『情報屋』ではなく『パートナー』として仁志と生活を共にするようになってから、今日で一ヶ月が経とうとしていた。  ぶっちゃけた話し、まだ、『して』いない。  初めは触れるだけで満足していたキスも、今ではすっかり欲を高ぶらせる濃厚なものに変わっているというのに、熱が意識を朦朧とさせた辺りで仁志は身を引くのだ。 (まだ、早いのかな……)  なんだか自分ばかりが求めているようで、少し悲しくなってくる。  だが仕方ないだろう。たとえどんなに童顔でも結月は立派な成人男性で、それなりに欲のコントロールはきくとはいえ、快楽を知っている身体は想い人の熱を確かに感じ取ってしまう。  結月の意志が弱いのか、結月の身体がいけないのか。この点についてはあまり深く考えると泥沼に嵌りそうなので、結月はそっと、意識下に逃した。
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