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「私が、きっと、いけないんだと思う、の」
自分以外の女の影がある。
それももう、随分前から。
苦しそうに、けれども泣いてしまわぬように、たどたどしく紡がれる声のなんと弱々しいことか。
「……なんだよ、それ」
刹那的にこみ上げてきた怒気は、今後一切封印するはずだった想いが溢れてしまわないように被せていた蓋を、一息に叩き割った。
考えないようにしていた幾多の想いが腹の底で煮えたぎり、瞬く間に全身を巡った。
それほどまでに愛奈のその様子は衝撃的なものだったのだ。
二人の間に流れた沈黙。
――破ったのは、俺だった。
衝動的に引き寄せた身体を、強く抱きしめた。
「、とうど、」
「言うな」
触れたら駄目だ。
抑えられなくなる。
そう何度も言い聞かせてきたが、こうなってしまえば、自制心など何の役にも立たない。
苦し気に吐き出される声には戸惑いが感じられ、愛奈は僅かに身じろぐ。
それでも俺は、今更解放してやれはしなかった。
「もう、やめてやる」
「……え?」
噛みしめるように呟いた。
溶けろ。溶けろ。
お前をそんな風にしてるモンなんて全部溶けてしまえ。
「――もうやめてやる!」
押し込めていた何もかもを解放する合図として、強い意志として、腹の底から強く吐き出した。
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