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ここが外で、人に見られるかもしれないという事など、既にどちらも考えられなかった。
スプーンでくり抜かれたような二人だけの世界には、雑音の一つも存在しなかった。
聴こえるのは互いの息遣いと心音。
感じるのは互いの持つ熱。
喉が締め付けられるような圧迫感が二人を襲う。
それは強い抱擁のせいか。
いや、それだけではない。
これは。
「――お前が、俺以外の誰かのモンだなんてっ……、あってたまるかよ!!」
それは咆哮に近い。
心の根底にあった、本来吐き出されるはずのなかった本心だった。
右手の薬指を飾るそれを引きちぎってやりたい。
強い嫉妬は最早殺意に近く、強烈な怒りの向かう先は見たこともない男へと定められた。
「東堂く……」
力加減を忘れた腕が更に力を強めて、震えを誤魔化した。
「……前みたいに、呼べよ」
懇願するような声に、愛奈は一度唇を引き結んだ。
ありありと浮かんだ困惑の色が滲む彼女の瞳は、凄絶に魅力的で、頭の芯がとろけてしまいそうだった。
応えてくれ。
逃げるなら今しかない。
相反する想いと共に、最後の理性を振り絞って両腕の力を緩めた。
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