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その男は、歩く私からは随分と前方で立ち止った。
だから、私の耳がそれを捉えたわけではない。
だが、立ち止まる寸前に彼が「あっ……」と小さく呟く姿を、
確かに、私の目が正面から見ていた。
辺りは、まだ春の残り香が色濃い季節。
自然が織り成す彩りは、淡い、ほんのりとしたものから、
わずかに原色の匂いを開花させようと背伸びをしている。
そんな景色の中に、シルバーグレーのジャケットと黒のパンツ。
そして足元は、パンツと同じく黒いバイクブーツ。
ファスナーを開けたジャケットから真っ白いTシャツをのぞかせた彼は、
両手をパンツのポケットに入れて、立っていた。
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