第五話「好きです」

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    お膳から空のコップがテーブルに置かれた。 そして透也さんは無言で水を注ぐ。 その音は静か過ぎる空間に冷たく響き、更に不安が募る。 何か言わないと。 そう思えば思う程、声が出ない。   …何でだよ。 さっきまでの意気込みはドコへ行っちまったんだ。 何でも良いから。 何か。 何か。 注ぐ音も途絶え、沈黙に息が詰まる。 焦る程状態が悪化するばかりで、顔を上げたくても上げられない。 言うんだ。 言え。 早く。 頭の中で必死に繰り返してるのに…体がまるで言うことを効かない。 その時ふと…頭が温かくなった。     バスタオル越しでも分かる大きな手。 それが透也さんの手だと分かるのに差ほど時間は掛からなかった。 驚いて動けなくなっていると、透也さんはそのまま少し乱暴に俺の髪を拭いてくる。 「…ちゃんと拭かないと風邪引くだろう」 ぶっきらぼうに言われてる筈なのに…相反する優しい声色。 もう触れられないと思っていた懐かしい体温。 「………っ」 …涙が零れた。 元々透也さんは俺の頭に触れる事が度々あった。   癖みたいなモノなんだろうと深く考えもしなかったのに…今になって、こんなにも嬉しくて、安心するなんて。 涙を拭う事も忘れて、透也さんの手にソッと触れればピクリと動きが止まった。 その手を上から力無く握り締めると、透也さんは一瞬躊躇いながらも俺の視点まで腰を落とし、ゆっくりと顔を覗き込み…目を見開いた。 「……圭」   
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