【一刺し】

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 その日は、朝から蒸し暑く、重苦しい空気が圧し掛かる曇天であった。  空を見上げながら溜息をついている白髪交じりの頭の男は伊織という。  この男。  とある下町の一角にひっそりと店を構えているのだが、仕事柄、俯く事が多いため、頸椎を慢性的に痛め、気圧差での頭痛に悩まされていた。  特にこんな曇天の日は、頭に靄がかかったような、それでいてズンっとした鈍痛がするのである。 「今日の予約は午後からだったな……」  黒く炭焼きを施した壁に掛けてある予約表を見ながら、眉間に皺を寄せ、痛みに耐えるように呟いた。
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