第1章

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ウェラーは一人悦に入り深く湯に浸った。その時、微かに息子の笑い声と言葉にならなない少女の悲鳴が耳に入ったが、気にはしなかった。ここはインディアン・リバーレイクの別荘地の中でも高台にあり、そして広大だ。冬のシーズンでもないから、他の人間に気づかれることはまずない。息子にも十分玩具で楽しませたいではないか…… その時だった。この三階にあるオープンバルコニーに、秘書のライアン=レスラーが現れ、ウェラーが気付くと軽く会釈をした。 「もう私は出て休むところだ、ライアン。ジュニアは好きにさせておけ、まだ若い」  そう答えたジェームズは深く湯に浸ったままウォッカの杯を煽った。だがレスラーの真剣な表情を見てジェームズは口元の笑みが消えた。 「何かあったのかね、ライアン」言いながらバスタオルとバスローブを取り、ジャグジーから出た。そして顔をバスタオルで拭きながら部屋にと入っていく。二人が部屋に入り終えると、執事のレスラーは戸を閉め、電動カーテンのボタンを押した。大きく開いていたバルコニーにカーテンが下りると同時に自動的に部屋の電気が点いた。  ウェラーはソファーに座る。そしてカーテンが完全に閉まるのをレスラーは確認して、そっとジェームズの傍に立ち耳元に口を寄せた。 「アラン=バルガス様に雇われたチンピラから今しがた連絡がございました」 「こんな時間に何だ?」  アラン=バルガス…… 彼も上院議員だ。マサチューセッツ州選出の上院議員で、東海岸上院議員委員会の委員長であり、ウェラーとは親しい。だが彼はNYに滞在しているはずだ。そして、バルガスもウェラーも、秘密倶楽部の一員だ。 「チンピラとは、どういう意味だねライアン。第一こんな時間に、そんな者をバルガス氏が使うかね?」 「ジェームズ様の玩具について、御興味をもたれたようです。それで、自分の玩具と交換したいと仰ってまして」 「……バルガス氏に確認は取ったか? 警察の罠ではないのか?」 「私がバルガス様の声を確認しました。やってきたのはチンピラですが、電話口に出たのはバルガス様本人でした。そして…… チンピラは、先週<棺桶に入った玩具>を運んだフリーの運び屋で、ジェームズ様の玩具を運ぶのにも始末するのにも幾度か利用した男です。そういう世界には精通している男です」  ……ふむ…… とウェラーは考えた。
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