第1章

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 ラテンスキーは不満顔だが、黙ってユージの指示に従った。  ユージは拓を見た。「分かっている」とばかりに拓は頷き、ユージから鍵を受け取り、マスタングに乗った。ラテンスキーも同乗する。ウェラー邸近くでラテンスキーを降ろした後、拓は町の保安官事務所に行く。これもユージが考えた小細工の一つだ。 まず、拓がここの保安官事務所に立ち寄る。「<狂犬>がこっちにきたという話を聞いてやってきた」と顔だけは出し、探りを入れる。ウェラーたちの圧力がこの地の保安官補たちと繋がっているかどうかは半々だ。繋がっていれば、保安官助手はすぐにウェラーに忠告するだろう。できれば忠告してウェラーが警戒してくれることが望ましい。もちろん同時のタイミングで現れたラテンスキーは怪しまれるだろうが、それも計算の内だ。繋がっていなければいないで一応地方保安官事務所への義理立てになる。 「で…… 自分の娘をヘンタイ釣る餌にした鬼畜な親、ユージよ~。サクラちゃんはいつ潜入するんじゃい?」  サクラは厭味たっぷりに毒吐く。今、サクラの髪は金髪、瞳はスカイブルー、囮用に変身した姿だ。変装ではなくサクラの特殊能力の一つで、サクラは基本紅色髪の紅い瞳だが、色は自在に変えられる。  ユージは残るキーパーソンである<狂犬>のほうに振り返る。<狂犬>は車の前に無言で座り込んでいる。両手はまだ鎖を拘束されたままだ。 ユージは<狂犬>の黙ってヴァトスで<狂犬>の両手両腕を雁字搦めにしていた鎖を一刀で破壊した。音を立ててチェーンは木っ端微塵に砕けたが、不思議な事に<狂犬>の腕は無傷だった。 「俺とお前で別荘に忍び込む。まずはボディーガードを黙らせ、電話線とセキュリティーを破壊する。くれぐれも言っておくが、誰も殺すな」  <狂犬>も囮だ。ラテンスキーはいわば最初の寄せ餌、<狂犬>は魚を釣り上げるための擬似餌だ。<狂犬>の乱暴を止めるという名目でユージと拓は別荘に入り、そこで偶然知ったという流れで<マリア>を保護、ウェラーを逮捕する…… 自分で犯罪者を送り込み自分で検挙する…… かぎりなく黒に近いグレーな囮捜査だ。  コールは検事を説得させて令状は出た。ただし立ち入り令状で捜査令状でも逮捕令状でもない。ユージたちは別荘に立ち入り、ウェラーと話をする事は認められたが、この令状ではウェラーが何を話すかは任意でそれ以上は踏み込めない。
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