第1章

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だが、仮に愛しい<マリア>をユージたちが奪還したとしても、<狂犬>まで自由になれるわけではない。それは法律が許さない。 「欧州で十数人殺し、NYでも何人も殺し刑事を誘拐し爆破テロも計画していた。あいつは死ぬしか道は残っていない」 アメリカには司法取引がある。だがこれだけのことをした<狂犬>に対し司法取引が成立するとは思えない。ウェラー議員やバルガス議員立件に貢献し、素直に自首しても、誘拐と大量殺人の容疑者だ。死刑判決が出るだろう。ユージとの取引はあくまで個人間の取引だ。さらに…… ありえない話だが、仮に法律が死刑を取り消したとしても、裏社会が<狂犬>を許さない。証言と引き換えに減刑されても刑務所送りは変わらない。そして刑務所に送られたが最後、マフィアが一ヶ月も経たないうちに暗殺者を差し向け殺すだろう。こればかりはユージでも止められない。 「……ユージも似た者なのにね」  サクラの呟きに、ユージは答えなかった。 確かに共通点は多い。ユージだって家族や仲間が同じ目に遭えば、同じように報復する。もし法が壁になるようなら、その法を無視してでも行動するだろう。身内を守るため殺した人間の数でいえば、ユージのほうがはるかに多い。  唯一の違いは、ユージは表世界に地位があり、強力なコネがある。その能力を認め、惜しむ上司や同僚がいる。元々抹殺処分対象だったサクラを養女にして表の世界にいられるようにしたのもユージの政治力があってのことだ。サクラはその点を思うと<狂犬>に同情を覚えずにはいられない。それはユージも分かっている。だが<狂犬>に関してはどうにもならないのが現実だ。その事を<狂犬>自身が受け入れている以上、ユージたちが下手に同情心を寄せることは無意味で、かつ彼の自尊心を傷つけるだけだ。 「<マリア>を保護し、守る。それだけだ。……サクラ。同情するのはいい。だがお前の仕事は俺たちのサポート、それができないならJOLJUと代われ。作戦は失敗できん」 「……娘にも容赦ないなぁユージ。分かった分かった。ここまで付き合ったんだし、結末が気になるからね~ 今回はちゃんとサポート役に徹するよ」  サクラはそういうと溜息をついた。その溜息で、サクラの中で<狂犬>への同情心は消えた。世の中がいかに理不尽で正義など存在しないことは、サクラもよく知っている。
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