第1章

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 ユージは<狂犬>とサクラに車に乗るよう命じた。  ライアン=レスラーは、ウェラー家に執事兼秘書として32年間仕えている。それは先代ウィリアム=ウェラー議員の頃から、ウェラーの長子であるジャームズ・ジュニアまで入れれば三代に渡りウェラー家に仕えた、ウェラー家の全てを知る人間だ。ウェラー家が違法な秘密倶楽部に加入から商売としての人身売買に関わっている事は20年前に知った。元々ウェラー家は莫大な財産を有していた。それは家業である天然ガス会社の運営によるものだが、医者や他の富豪たちと強いパイプを持ちそれを維持しているのは医療用・愛玩用の人身売買斡旋と秘密倶楽部との繋がりが彼の政治家地盤を支えている事を知った時、多少驚きはしたが、納得もした。そういう裏のパイプは表世界のパイプより強く利益も巨大きかった。 ライアン=レスラーは、ウェラーからその話を聞いた時、彼を犯罪者とは見ず、ウェラーの政治家としての確固たる不動の地位を確信した。そして、ウェラーのために裏家業の代理人を勤め上げる事も受け入れた。レスラーのウェラー家での地位と普通の執事の何倍もの年収を得られる身分となった。  深夜の普通ではない予想外の対応も、仕事のうちだ。 ボディー・チェックを終えたラテンスキーを、ウェラー邸の離れの別館に呼び入れ、レスラーはそこでラテンスキーと対した。レスラーだけでなく、拳銃で武装したボディーガードが二人、この場に立ち会っている。 「君をこの屋敷に招くのは不本意かつ不愉快である事は先に言わせて頂きます。まずバルガス議員と直接話したいのだが?」  ラテンスキーは無言で携帯電話を取り出し、操作し、それからレスラーに手渡した。電話に出たのは聞き知ったバルガス議員の声だった。電話はすぐに切れた。 「色々込み入った話のようですね。バルガス様は、詳細は君から聞け、と。あまり機嫌がよさそうな雰囲気ではありませんでしたが」レスラーはそう言い携帯電話をラテンスキーに返した。ラテンスキーは顔色を変えずそれを受け取りポケットに戻す。ただ内心は緊張と見えない冷や汗が体の芯を凍らし、喉を干上がっていた。電話先はもちろんバルガス議員ではなくサクラの携帯電話なのだ。どうやってバルガスの声を偽装したのか……彼らにはそこは分からない。 
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