第1章

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 12    ジョームズ=ウェラーはリビングで室内着の上に毛皮のガウンを羽織り、ビーフ・ジャキーを齧りながら静かにウイスキーを傾けている。  彼に長年使える執事兼秘書ライフン=レスラーからラテンスキーが話した内容を聞いた時、本来の用件が秘密倶楽部でも少女の事でもなく政治交渉が本題である、と理解した。お互い背徳な趣味を共有しているが、それは人生のほんの些細な余興であって、人生をかけているの本業は政治家だ。  政治家としても、秘密倶楽部の一員としても、今があまり好ましくない状況下にあることはウェラーも熟知している。 NYで事件が起きていて、それは秘密倶楽部に関わる事であるという。そのためFBIや警察が動いているらしい。抱き込んでいるこの土地の保安官補から、ついさっきNY支局のFBI捜査官が町にやってきた、という報告をメールで受けた。タイミングが気になったが、逆に考えればこのタイミングだからこそバルガスは動いたのかもしれない。木を隠すなら森の中、小火を山火事で隠し秘密の政治同盟を結んでしまう。何もない時期にそういう動きをすれば返ってFBIの警戒網に引っ掛るかもしれない。裏世界では、大規模の取引を小規模の紛争や事件で誤魔化す事があると聞いたことがある。今回もその一つなのだろう…… ウェラーはそう考えた。  だが果たして、今度やってきた男は信用に足る相手か?  ロシアン・マフィアの件といいタイミングといい、ちょっと出来過ぎているのではないか?  「…………」  ……さて、どうするか……  ウェラーはグラスに残ったウイスキーを飲み干した時、彼に長年使えているライアン=レスラーがラテンスキーを連れ、部屋のドアを叩いた。ウェラーは慌てる様子もなく、短く「入れ」と答えつつ、ウイスキーのボトルを取りグラスに注ぐ。  最初に飛び込んだ傷だらけのラテンスキーの風貌にウェラーは驚いた。が、僅かに表情に出しただけで言葉は出さない。 「今、NYでは<狂犬>と呼ばれる悪党が暴れているそうです。この男の傷はそれだそうです」  ウェラーは興味なさ気に無言で静かにウイスキーを傾けている。その間にレスラーがこれまでの経緯と事情を簡潔にまとめ口上し、それにラテンスキーが時々答える。一通り説明が終わり、ラテンスキーが自身の要求を告げようとした。初めてウェラーが口を開いた。 「バルガス議員は警察にやられたかね」
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