第1章

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 突然出たその言葉に虚を突かれ唖然となるラテンスキー。レスラーの顔にも戸惑いが浮かんでいた。ウェラーはその重大すぎる発言に慌てる様子はなくウイスキーを傾けている。そして大きなビーフジャーキーに齧り付き、音を立て喰らい、最後にナプキンで口元と手を拭った。 「そうだろう?」 「そ…… そんなこたぁない。バルガス上院議員がパクられたっていうんなら、オレはサツの手下って事になるじゃねぇーか!」 「どうだレスラー。私はそう考えているのだが」 「ではどうしてこの男を本館に入れたのですか、旦那様」 「どこまでサツが知っているか、直接聞くためだよ。サツなど、どうにでもなるが問題はどこまで知られたかということだ」  そういうとウェラーはソファーの奥からサイレンサーをつけた9ミリの小型オートマチックを取り出した。「話が違う!」とラテンスキーは助けを求めるかのようにレスラーを見たが、レスラーは黙って一歩下がり銃を抜いた。 「サツは関係ねぇよ!! バルガスの使いだ! アンタ、ロシアン・マフィアに喧嘩売るつもりか!? オレに手を出せばそりゃあ宣戦布告になるぜ!?」 「誤解なら誤解でもいい。お前程度のチンピラの穴埋めはいくらでもできる」  ラテンスキーも特殊訓練を受け何度か修羅場を潜った裏社会の人間だ。しかしそのラテンスキーは恐怖を覚えるより困惑を強く感じていた。淡々と告げるウェラーの言葉は重厚で迫力はあるのだが殺気が薄いのだ。本気でこの男は殺そうとしているのか? フェイクだ、とも思える。もしくは逆に政治家のようなホワイトカラーの頂点にいて、内心ではブルーカラーや貧困層の人間を軽蔑し人を人とも思っていない、少女たちを<人形>と呼び人間だとは思っていないような人間にとってラテンスキーは人ではない…… だから殺すといっても人を殺す罪悪感など毛頭ないのかもしれない。普通の人間が棄てられているぬいぐるみをちぎるほどの罪悪感がこの男たちの本気。……だとしたら殺気がなくても平然と人を撃つだろう。下手に裏社会に精通しているだけにラテンスキーはウェラーの真意を測りかねた。真意が読めなければ言葉も出せない。  この状況はマイクを通じてユージも聞いているはずだ。だがユージは「フェイクだ。心配せず誘導しろ」と言っている。ラテンスキーもその可能性が高いとは思うのだが、賭けるのは他の誰でもない、ラテンスキーの命だ。
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