第1章

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 ラテンスキーにとってはどう転んでもいい状況ではない。口を割ればすぐにユージか<狂犬>が乗り込んできてラテンスキーを殺すだろう。かといってこのままではまずウェラーたちに殺されそうだ。ラテンスキーは必死にレスラーにいった話をもう一度早口で叫んだ。 「ウラジミールの怖さがまるで分かっていないな、アンタたちは! オレはアンタのために来たンじゃねぇ! バルガス議員やウラジミールの仕事で来たんだ! こんな物騒な応対受ける謂れはねぇーんだ!」  ラテンスキーは本気でそう叫んだ。……実際はわが身がどうなるか不安で仕方が無かったが、それを口に出すような男ではない。ラテンスキーもそれなりに修羅場を潜り抜けてきた男だ。下手に出るより強気に打って出るほうが、活路が見出せるということを知っている。裏社会でよくある話だ。どうせこいつらは軽く脅してみてボロが出ないか見ているに過ぎない…… そのはずだ。  銃口が向けられていることを承知した上で、ラテンスキーは「付き合いきれん」と一笑し、雨で湿り重くなったレザージャケットを羽織り直し、我関せずとばかりに踵を返した。 「待て。分かった、ラテンスキー君。落ち着きなさい」  レスラーが溜息交じりにそう告げた。ラテンスキーはその瞬間、生と死を賭けた心理ゲームに勝った事を実感した。レスラーは銃口を下げ、素早くウェラーに駆け寄り、彼の耳元で何かを囁く。ウェラーも頷き、手にしていたサイレンサー付小型拳銃をレスラーに渡した。 ウェラーとレスラーとの二人だけの会話は少し長かった。 「バルガス議員は直接ウェラー様と話をしたいのでしたな。携帯電話を貸してもらえるね」 「いいとも。好きなだけ政治の話でもヘンタイ遊びの話でもすればいい」 「…………」 得意気に携帯電話を操作し、それをレスラーに手渡す。レスラーからウェラーへ携帯電話は渡された。 「秘密話だろ? 何ならオレは席をはずすぜ」 「いや。そこで待っていていい」とウェラー。口調は至って普通だ。  だが、これが事態の急変の前兆だとは、二流半程度のラテンスキーには気付かなかった。  その直後、耳の裏に取り付けられたマイクからユージの声が届く。簡潔な命令だった。 『喋りすぎだ逃げろ阿呆。殺す気だ』 「……なっ……?」 「逃げろ」という命令が、ラテンスキーはすぐには理解できなかった。
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