第1章

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今、この部屋には殺気はもちろん不穏な雰囲気にあるようには思えない。逃げれば全て台無しになり、本格的に撃たれるではないか。だがこの手の修羅場にかけてはこの世界でユージの右に出る人間はいない。  次の瞬間、ウェラーが携帯電話をその場で叩き潰したかと思うと、隣りのレスラーがサイレンサー付の拳銃をラテンスキーに向けていた。 「!?」 「お前は喋りすぎで胡散臭い」……などと、本当のプロは口にしたりはしない。ウェラーとレスラーがラテンスキーを胡散臭いと感じた理由の一つはそれだった。 レスラーは黙って引き金を引いた。が、訓練を受けていたからだろう。銃口を見たラテンスキーの体は考えるより先に動いた。 「!?」  初弾3発。放たれた弾丸はラテンスキーの腕、足を掠め鮮血が散った。口径は小さく軽傷だ。ラテンスキーの巨体は空を舞い、転がりながら出口に向かって駆け出した。 「レスラー!」  殺せ! とウェラーは命じる。ただし討手のレスラーは執事として優秀でも殺し屋ではない。残り7発、逃げるラテンスキーの背に向けてはなったが、当たったのは肩に一発だけだった。ラテンスキーは転倒しつつも、近くのガラス窓を蹴破り中庭へと逃げ出した。  屋敷は広い。だがラテンスキーは転々と形跡を残している。血の跡を辿れば見つけることは造作も無いだろう。  レスラーは焦ることなく、すぐにポケットから小型無線機を取り出し屋敷内にいるボディーガードたちにラテンスキーの始末を命じた。彼らは民間軍事会社で訓練を受け正規のライセンスを持っている民間のプロだが、当然非合法の仕事もやってきた男たちだ。手負いのチンピラ一人難なく始末するだけの腕と経験を持っている。周囲は別荘ばかりで銃声を聞き通報するような人間は住んでいないし、この地の保安官補は抱きこんでいる。どうせ逃げられるような事はない…… 全て想定内だった。  だが、それはあくまでウェラーたちの勝手な想定に過ぎない。  無線の返答が誰からも返って来ず沈黙が続いた。二度、三度と沈黙が続いた時、初めてレスラーの表情に焦りが浮かんだ。レラスーは無言で部屋の壁にある警報機のボタンを叩く。が、警報機は沈黙したままだ。 「どうした!?」 「警備と連絡がつきません」  レスラーは急ぎ携帯電話を取り、さっきまで自分と一緒にラテンスキーを迎えたボディーガード・チーフに電話をかけた。
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