第1章

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「同情はするよ、彼女にも、お前にも」 「……同情は、俺には必要ない…… <マリア>を助けて保護しろ。だが……」そういうと、<狂犬>はやや顔を上げ天井を見つめる。 「……<マリア>が……心を開くのは…… 俺だけだ」 「愛し合っていたのか?」 「……愛……? わからない…… だがお前たちに心を開くとは思えない。お前たちは、彼女の悲惨で不幸な生い立ちを、知らない。共感しあえるはずが、ない」 「……かもな」 「彼女が心を開くのは…… 俺……だけだ」 「愛し合う仲だから?」 「……俺だけが…… 俺だけが……彼女を抱かなかった、壊さなかった。俺たちは、心からの会話で結ばれていた。<マリア>は……地獄の中で必死に生きていた……」  アレックスのプロファイリングにもあった。「<狂犬>とマリアの間には性交渉はない可能性がある。その分、心のつながりは強い」と…… 「彼女の本名は? 出身は?」 「ない。<マリア>だ。育ったのは最低の街……コーカサスの貧民街。政府も見捨てるほど荒れた街の中だ。俺も、そこで……育った。転々と、コーカサスやウクライナ、ロシアで……最低の生活を」 「……そうか。君たちは、ロマの出身か」  民俗学を専行している拓は、その情報だけで彼らの出自を悟った。  ロマ……一般的にはジプシーのことで、一般にはヨーロッパで生活している移動型民族を指す民族のことだが、ユーロ圏が出来てからは定住者も増えた。その一方、定職をもてなかった一部のロマは東に流れ、紛争地域に流れたり難民になった者たちもいる。さらに一部では今でもロマ出身者を差別している。そしてロマの中には生活苦のため裏社会に堕ちるしかない者もある。しかし裏社会に入っても強力なバックを持たないロマたちはのし上れず消耗品のように使われると聞く。  ……恐らく<マリア>も<狂犬>も、幼い頃ロマの仲間が裏社会に売った生き残り……  ……そして<マリア>は娼婦に、<狂犬>は殺し屋件闇デスマッチの闘士になった……  元々ロマは一族団結力が強い。 そのロマの一族から、二人は捨てられた。天涯孤独となった。二人は場所と時間こそ違え、裏社会の暗黒の泥沼の底で過ごし、そして偶然同じ境遇者と知り合った。その時初めてこの親子ほど歳の離れた二人には見えない絆と信頼が生まれたのだろう。
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