第1章

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 それがいかに本人たちにとって大切で強い絆となるのか、拓には容易に想像ができた。何しろシュチュエーションこそ違うが、そういう絶望の世界で強い絆を結び合い、這い上がった人間を拓は知っている。ユージとエダの事だ。二人と<狂犬>たちの違いは、堕とされた場所が異常世界か裏社会かの差と、神の手が差し伸べられたか神がいない世界かの違いだ。 「ユージはお前のことも<マリア>の境遇も理解している。あいつはお前と似た境遇にいたからな。だから、<マリア>はきっと助かる」 「…………」 「だが、<マリア>を助けるにはお前の誠意も必要だ」 「分かっている。インディアン・リバーレイクに着いたら、刑事の居場所、話す。<マリア>を保護したら、仕掛けた爆弾の場所を教える」 「分かった」  その約束は出発前に一度交わされた約束だ。この点に関して、ユージも拓も、<狂犬>の約束を疑ってはいなかった。<狂犬>にとっては<マリア>の安全が第一で、FBIであり、各方面にゴリ押しが利くユージに頼る以上、自分自身の自由など毛頭考えていないようだった。潔いといえばこれほど見事なまでの潔さであり、同時に自分がこれまでやってきた殺人によって起こる事まで理解しているようだ。  <狂犬>はそれだけ喋ると、「会話は終わりだ」とばかりに深く椅子に座り目を閉じた。  拓もそれで口を閉じた。ユージは何をするか…… 一応聞いてはいるが、本当にうまくいくものか…… 拓にはそっちの事のほうも重要な問題だった。だが、それが行われるには一時間後…… しばらくは運転に集中することが拓の仕事だった。  深夜になった。  ジェームズ=ウェラーは星を眺めながら、心地よいジャグジーの泡で疲労と汗を流していた。心地よく温い湯、体を優しく刺激してくれるジャグジー、そしてウォッカとヴァッファローウイングとポテトスキンが小腹を満たしてくれる。今年で62歳になり、胴回りは30歳の頃に比べ倍になったが、精力の衰えだけは感じなかった。 いや…… 面白い玩具の存在を知ってからは、精力はより強くなり、ここ最近は肌艶も甦り、頭の回転は以前よりよくなった気がする。そういえば、十九世紀の英国の貴族も、同じような趣向で日々の職務の疲れを癒し、精力をつけていたのではなかったか…… 自分はイングランド系の名家の出だ。これも一つの伝統と呼べるものかもしれない……
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