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亮太は抱えていたスケッチブックを広げた。そこに以前同じ場所で描いた絵がある。 絵のなかの土蔵の背後には満開の桜が咲き誇っている。そして、扉の上にある窓が開いて、少女がこちらを見ている。 ただ、描いている間は描くこと自体に没頭してしまうので覚えていない。そもそも、ここに蔵などなかったと、ゼミ仲間は口を揃えて云う。だが描いた以上は絶対にここにあったはずで、それを証明するために亮太はここに来たのだ。 「誰もいないよな」 近づいて眺めてみる。何故こんなところに蔵だけが残っているのかは判らない。人が住んでいるとも思えないが、念のためぐるりと回ってみた。右側に桜の大木。蔵の後ろはすぐ山が迫っている。覗きこんで通れないと判断した亮太は蔵の正面に戻り、地面に座りこんだ。 スケッチブックの新しいページを開き、ペンケースから鉛筆を取り出す。しばらく土蔵を眺め、手を動かし始めた。 鉛筆を走らせる音だけが絶え間なく続く。他には山の方から間延びしたハルゼミの声が時折聞こえるだけだ。じりじりと照りつける陽射しが痛い。額から汗が流れ始めたが亮太は構わず描き続けた。 土蔵のあたりアタリをとったところで手を止めて描いたものを見返す。扉も窓もぴったりと閉じていた。安堵の息を吐き、再び鉛筆を持ち直した時だ。 「やはり、上手なものですのね」
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