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亮太が扉の前で待っていると音もなくゆっくりと開いた。 春乃が顔をのぞかせ、にっこりと笑う。臙脂の矢絣の着物に紺色の袴を着て、前髪とサイドをふっくらと結い上げた髪は袴と同じ色味の大きなリボンでまとめている。 うす暗い蔵を背景にして、彼女自身が光り輝いているように思えて亮太は目を離せなかった。 「何もありませんけれど」 入るとすぐにソファセットがあり、意外な組み合わせに驚く。 クッションは落ち着いた色彩の花柄の布張りで手すりや足は華奢だが細かな細工が施されている。レトロな雰囲気のソファは建物とのアンバランスさが悪くはないな、と亮太は思った。 「亮太さん、でしたわね。貴方絵をお描きになるの?」 座るなり春乃は両手を胸の前で合わせて切り出した。目をきらきらさせて、子どものようだ。 「ええ、まあ」 「画学生さんですのね、素敵。その画帳拝見してもよろしくて?」 スケッチやラフしかないが特に見せたからといってどうということもないので亮太はスケッチブックを渡す。宝物を押しいただくようにめくっていく春乃を無礼とは思いながら見つめていた。 着物は着慣れているようだし仕草も全体におっとりしている。化粧気のない顔はあどけなくも見えるが亮太と同年代のような気もする。なのに物言いといい、どこか現代的ではなく、奇妙な感じがした。 「風景を描かれるのね」 「人物は何となく苦手なんだ」 人と関わりたくなくて絵を描いている亮太にはとても無理だ。 「もったいないわ、こんなにお上手なのに。あら、でもこれ」 春乃の手が止まった。彼女が見入ったのは、春にここで描いたスケッチだった。
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