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小笠原家は松本城城主の家臣を務めていたのだそうでございます。
父もわたくしもご維新の後に生まれたものですから家臣をしていた頃のことは解りません。ですが父は大層そのことを誇りになさっておいででした。元々の屋敷はお城の近くに在って、わたくしもそちらで生まれ育ちました。
ご維新の後は祖父が事業を起こし、父がそれを手伝っていました。
家族は父上と母上、叔父さま、それと五歳違いの兄がいました。他にも使用人たちもたくさんいて、とても賑やかな家でした。わたくしはみんなに可愛がられて、何不自由なく育ちました。殊に兄はとても可愛がってくれて、他の子どもたちと遊ぶよりもわたくしと居ることを好んでいました。幼い頃はそれが当たり前と思っていたのです。
それが、いつ頃からでしょうか。兄とばかり遊ぶのを大人たちがいい顔をしなくなったのです。一緒にいるとわたくしは母上や乳母に連れられていきましたし、兄は叔父さまが何処かへ連れ出しておりました。そのうちに兄が大人たちに反発して大声を出すこともあって、その時はとても怖いと思いました。それでも兄はわたくしにはとても優しかったのです。
そうしてわたくしたちは成長し、兄は帝都の大学に進みました。成績はとても優秀でしたがその進学が兄の意志だったのかは解りません。
ただ、家を出る前、父上と激しく口論していたのを聞いてしまいました。
『貴方たちの思い通りにはならない! 自分は何時か戻ってきて望みを果たす!』
『馬鹿を言うな! そのようなことが許されるはずがなかろう』
その時はどういう意味か解りませんでしたが、兄も父も激しく憤っていたのは確かでした。兄の剣幕とそれに言い返した父の口調はそれは恐ろしくて、わたくしはそのことを誰にも言えずにいたのです。その後わたくしも女学校に行かせていただいて、卒業後は家で花嫁修業をしておりました。
兄は大学卒業後もこちらには戻らず、また滅多に帰省することもなくなり、両親もわたくしには何も話してはくれませんでした。
そして、卒業してすぐに、わたくしに縁談が持ち上がりました。父が事業を始めようとした時の伝手でご紹介いただいたのです。
とてもいいお話しだとみんな喜ぶので、お相手の方の顔も知りませんでしたがわたくしも心待ちにしておりました。
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