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『トルコアイス』  誰も気が付くことはなかったが、その頃、世界の致命的な消費期限は過ぎようとしていた。多くの実体を時間の流れに繋ぎとめていた法則が限りなく間延びし、一本の線のようになりながらも消滅することはなく、永遠に0に近づき続けるはめになった。だが別段それに気が付く人間はいなかった。彼らも同時に折りたたまれていたためだった。  このようにして、体感的な時間は流れているとは思えないだけの速度まで低下したため、今までほぼ静止していると思われるだけの速度で生き急いでいた一部の悪辣とした人類だけが、日常生活に等しい速度を唯一手に入れた。それ以外のものはどれだけ高度な精神構造を有していようとも鉱物とほとんど変わらない。多くは打ち砕かれて混合土の増粘剤として使用され、壁のように粘る地上の空気の上に新しい高層ビルディングを準備する材料になった。  その速度で生きる人々に肉体の劣化が追いつくことはごく稀であり、衝突事故も相当相性が悪いという事が無い限りゴムのように伸びて元に戻るので(相性が悪いと境界が失われて同一化してしまい、たちの悪いことにほとんどの場合双方がそれに気が付かず一つの人間として生きることを余儀なくされてしまう)、彼らは事実上の不死者だった。この世で最も劣悪とされた時間の中に住んでいた人々はどこまでも終わろうとする世界でようやく人類と名乗る権利を得た。こうして新しい日常が開始された。
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