作品サンプル

3/10
前へ
/10ページ
次へ
 彼は自転車に乗って家に帰るところだった。  あと少しで見逃すところだったが、彼はちょうど自転車を止めて今日は祭りかあと神社のほうを見上げたところだったので気が付いてしまった。つまり中空に挟まっている人間のことで、彼女は半分ほど顕現していたが、半分ほどはものすごい速さで振動して発光していた。眉間に皺を寄せており、何かを制御するために集中している十七歳の少女の顔をしていた。彼がぽかんとそれを見ていると、彼女は影と光の間を(彼がカウントできた範囲だけでも)数十回ほど行き来したあと、ようやくと言った感じでべろんと正常な人間の姿で出現した。神出鬼没と呼ぶには少し不器用な登場であり、彼女はその後四十秒も物理空間を誤解した人のように空中に寝そべっていた。 「どうかしましたか」  自転車のペダルに足をかけたまま彼が呼びかけると、彼女は異常なほどそれに食いつき、目玉が飛び出るほど彼を凝視した。そして当りを確認すると、慎重に地面に向かって舞い降りた。だが途中で「あっ」と言って落下し、足首ぐらいまで地面にめり込んで、やっちまったみたいな顔をしながらさらに慎重に地面へ上がってきた。そして足元をていねいに確かめてから彼に向き合った。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加