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「ごきげんよう」
彼女は言った。その顔は十七歳の少女だったが、それ以上の如何なる情報も彼の記憶に残さなかった。瞳の色も眉の太さもわからない。だが高校の制服を着ている十七歳の少女であることだけは見た目で分かった。それ以外は何も分からなかった。
「ここの空気はほんとうに動きづらいね」
彼女は言った。
「トルコ風アイスみたい」
「あまりその話はしないほうがいいですよ」彼はトルコが滅んでしまったことを説明するかどうか悩んだ。滅亡した国などのセンセーショナルな話題について言及することは、状況そのものを呼びやすくしてしまうので、下手をすると日本もなし崩し的に滅んでしまうのだ。
「おいしいじゃん」
「食べたことないです」
「悲しい」
不思議なことに、彼女の語る言葉は風景に対してなんらかの影響をもたらすことがなかった。おいしいと発言しても飯屋が乱立して繁華街がひしめき出すことはなく、悲しいと呟いても冷たい風が吹くことはなかった。まるでそこに居ない人間のようだ。彼は急に少し悲しくなり、そのために少しだけ自転車の後ろに木枯らしが吹いた。
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