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彼は吹き飛んだ手で自転車に触った。ホイールは回り続けている。
「祭りに行きたい」
夜だった。そこは自宅であり、通学路であり、黒い森であり、神社の灯を望む坂の上であり、下であり、右でもあり、左でもあった。彼女にとっては何でもなかった。彼女はもっと遠いところに居る。
だが自転車を漕ぐことができる。
彼女はようやく何かを解釈し、自転車を起こそうとしていた。彼は吹き飛んだままの手でハンドルを握った。自転車は立った。漕ぐことができそうだった。
「乗せて行って」
彼女は冒涜的に言った。存在しない存在が、流れの向かっていくのと明らかに逆の方向へ――祭りに向かって、同じ流れの中にいるものに乗って遡っていくということがどれほどのことか、二人は勘付いていた。それでも祭りの揺れる提灯は「ここへ来い」と呼んでいるようでさえあった。もはや二人の間には確信に近いものがあって、そして頷き合った。
彼は自転車のサドルに跨り、彼女はその後ろに陣取った。
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