作品サンプル

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 自転車は坂を転がり出した。果てしなく垂直に近づいていく坂と、その頭上をおそろしい速さで逆走していく夜の街を越えて、流れ星のように尾を引く街の光が一本の線になるまで、風を切って自転車は神社を目指す。彼の髪が靡き、産毛ひとつ風に任せない彼女の顔にかかるたび爆発して目に痛い光を放った。両側をあまりにも速すぎるために静止しているように見える祭りの提灯が彩る。奈落に差し向けられた長い石段を必死に漕ぎながら自転車が登っていく。提灯は彼女が目に止めるたびほどなくぶるぶると震えだして崩壊した。逆走が持つ根深い揺り戻しによるものだった。自転車が去るとそこから後ろは全て再編され、彼と彼女とそれまでの風景があったことをできる限り忘れようと試みるのだった。
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