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そのままゆっくりと体を凭れ掛からせる。俺よりも華奢な肩に顎を預けて眼鏡のフレームが掛かった耳たぶに頬を摺り寄せた。そしてコンロの上の鍋を眺めて、
「……なあ、それ、ウシ? トリ?」
俺の質問に浩哉がくすりと笑って、
「鳥だよ。骨付きチキンのスープカレーが食べたいって陵介、前に言ってたでしょう?」
一年以上も前のなんともない会話を覚えていたんだ……。
俺は浩哉に両手を廻して後ろからぎゅうっと抱きしめる。浩哉はコンロの火を止めると、俺の腕に柔らかく手を添えて、
「おかえり、陵介」
「……うん、ただいま、浩哉」
腕の中の温かな存在が、これが夢ではないことを物語っている。浩哉がいま、ここにいる。あのときもう二度と逢えないかもしれないと怯えながらも格好をつけて後悔していた俺の腕の中に、確かに浩哉は在り続けている。
浩哉が俺の腕の中で体を反転させた。あの頃と同じだ。にこりと笑った浩哉の笑顔。あの頃の、俺の浩哉が今、目の前にいる。
俺は小さく開いた浩哉の唇に視線を向けた。浩哉も俺の思惑が分かって瞳を閉じる。ゆっくりと近づいて互いの唇が重なりそうになったとき、
――ガラッ! カンカン、どたどたどたっ!
「陵介っ!」
キッチンに飛び込んできたのは茉里と荷物を両手に持たされた安田だ。突然のことに離れられなかった俺達に安田があんぐりと口を開ける様が見て取れたが、栞里は俺達二人にさらに抱きついてきて、
「浩哉くん! もう心配したんだからあ! おかえり、本当におかえりぃっ!」
俺と浩哉にしがみついたまま、わあわあと泣き崩れた栞里の姿に男達三人は困ったように笑いあった。
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